「人間ならば誰にでも現実の全てが見えている訳ではない。多くの人は見たいと思う現実しか見ていない。」古代ローマの武将・政治家 カエサル
好機は常に一瞬であり、後からそれを捕まえることは困難だ。日々を安穏として暮らし、慣性の生活の中になっては、戦略を策定することは難しい。常に感性を研ぎ澄ませ、新しいことに敏感でなくてはならない。
例えば、前の上半期のヒット商品を幾つ挙げられるか。売れている商品には、誰がどういう理由で買っているのかという背景が常にある。ここに敏感にならないことには、まぐれではなくヒット商品を連発することなど考えられない。
増税に負けず明るく消費 14年上半期ヒット商品動向 日経トレンディ
経営戦略には、経営目標に対して決定される。経営目標をVISION、経営戦略をSTORYと言ったりもする。即ち経営目標は企業の将来の理想像であり、それを実現するための方策、道筋、打ち手が経営戦略である。従って、経営戦略の定義は「経営環境の変化に対応しながら、自社の強みを生かし、競争優位を継続的に維持できるよう、資源配分すること」となる。
経営戦略を策定することにより、 1.経営環境の変化に意識が向かう 2.成長する方向性を探索できる 3.競争上の優位確保する手段を考察できる 4.経営資源の使う先が分かる 等の利点がある。
戦略策定のポイントは以下の通りである。 1. マクロで考える: 近視眼に注意 2. トレードオフ: 何かを選択し、他を切り捨てる 3. 切り口を変える: 同じ土俵で戦わない 4. 競争を考える。: 希望的観測を排し、自分都合で考えない 常に最悪のシナリオを想定し、それを回避すべく考える。 5. 定量化: 具体性を持たせ、スローガンに終わらせない。
一般に経営理念から個別戦略へは、以下の階層を構成する。
経営理念 | ||||||||||
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経営目標 | あるべき将来の企業像、数値目標、将来の自社能力等 | |||||||||
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環境分析(外部環境・自社能力) | SWOT、3C、Valueチェーン、5つの競争要因、コアコンピタンス | |||||||||
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ドメイン(事業領域)の規定 | 「誰に」(Whom)「何を」(What)「どのように」(How) | |||||||||
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経営戦略代替案の創出と実行 | ||||||||||
全社戦略 | 成長戦略: 成長ベクトル、PPM、プロダクトライフサイクル | |||||||||
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事業戦略 | 競争戦略: 地位別戦略 | |||||||||
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機能別戦略 | オペレーションの効率化 マーケティング戦略: 技術戦略、生産戦略、組織戦略、財務戦略 |
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結果のフィードバック | ||||||||||
経営理念は、経営者の個人的な哲学から始まり、企業全体の統一した価値観と「なった」或いは「した」ものである。経営理念が定まることにより、自社の存在意義を内外に明確する、統一された価値観・目標に向かうことにより組織内・組織間の葛藤を解消する、構成員の帰属意識、一体感を醸成することが可能となる。又、経営理念が構成員に浸透した時、これは企業文化となる。企業文化が浸透している状態とは、即ち、活動の拠り所となる組織の価値観、人々に共有されたパラダイム(世界観)、構成員の内で内面化された行動規範が浸透している状態である。
一方、固定化された価値観は、自己保存本能からくる思い込み、しがみつきにつながりやすい。時代を超えて繁栄してきた企業には、基本理念の維持と学習する組織、或いは決して満足しない不断の改善活動を行っている。
SWOT分析は、内部環境である自社の強みと弱み、及び外部環境である機会と脅威に分けて、環境を分析する手法である。SWOTに各事実を分けた上で、以下の論点から整理する。整理に当たっては顧客に質問する形式をとる。これにより、経営者の考え方を明らかにする。
SWOTでは、業界の重要成功要因や競合との比較も有効である。当該の業界に対して、顧客企業が成功要因を幾つ持っているかを考察することで、顧客企業の強みや足りない経営資源が見えてくる。競合他社のSWOTを作れば、その出方が分かってくる。
Strengh | Weakness |
・現行事業は「強み」を十分生かしているか。 ・「強み」を発揮できる新規事業はあるか。 ・「強み」を機会に活かせないか。 |
・「弱み」を放置して良いか。 ・「弱み」を克服できるか。 ・克服は自力で、或いは提携を考えるか。 |
Opportunity | Treat |
・「機会」に現有の強みを生かせるか。 ・「機会」を活かす上で、自社能力にないものは何か。 |
・「脅威」を回避できるか。 ・「脅威」の影響を軽減できるか。 ・「脅威」を「機会」に転化できるか。 |
SWOTとは違った視点で3C分析もある。これは、顧客、競合、自社の状況・動向から分析を行うものである。「顧客の状況はどうか」「競合の動向はどうか」「自社の方向性はどうか」と問うことで、発想や気づきを産み出していく。
顧客 | ||
潜在市場規模 市場成長率 顧客ニーズ行動 |
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/ | \ | |
競合 | −− | 自社 |
競合商品力 参入事業者 代替品の状況 |
技術力 マーケティング力 生産力 |
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外部環境分析では 5 Forces Modelも有効である。これは、1.新規参入の脅威、2.事業者間の敵対関係、3.代替商品の脅威、4.売り手の交渉力、5.買い手の交渉力から利益の出る可能性を分析するものである。
バリューチェーンモデルは自社能力の分析に使われる。これは企業の活動を5つの主活動と4つの支援活動に分類し評価する者である。主活動には、1.購買物流、2.製造、3.出荷物流、4.販売・マーケティング、5.サービスがあり、支援活動には、1.インフラ管理、2.人事・労務管理、3.技術開発、4.調達活動がある。この中から、競争力の源泉と、強化すべき個所が見えてくる。
ドメインとは、企業が行う事業活動の展開領域である。言い換えれば、自ら戦っていく土俵や、企業のアイデンティティともいえる。ドメインの定義では、1.誰に(Whom)、2.何を(What)、3.どうやって(How)の3つを考察する。例えば、ファミリーレストランでは、顧客を子育て中の女性と捉え、その人々に来てもらえるレストランを考えた。必然的に、その人々の関心事である子供を大人しくさせる為の座席配置やメニューが考えられていった。顧客を明確にすることにより、機能や技術は自ずと明らかになってくる。又、アート引越センターでは、ドメインを引越しに伴う運送に限定せず、引越しに関わる全てのサービスとした。実際、引越しには各種届出、近隣への挨拶、梱包等多くの作業を行う必要があり、これをドメインとすることで、顧客の便宜を図ることが可能となった。
ドメインの策定に当たっては、自社の保持する経営資源に目をむける必要がある。経営資源は、可変的資源と固定的資源に分けられ、更に固定的資源は人的資源・物的資源・資金的資源・情報的資源に分類することができる。近年では、金銭的対価により取得することが難しい「情報的資源」が注目されている。情報的資源とは、例えば、「のれん」「顧客情報」「生産・技術ノウハウ」「開発力」「知的所有権」「対外的信用力」「ブランド力」「販売チャネル」「組織風土」「現場の士気」「経営管理能力」などが考えられる。特徴として、1. 目に見えない、2.蓄積に時間が掛かる、3.多重利用が可能、4.消去困難などが挙げられる。
ドメインの規定は、広すぎても狭すぎてもいけない。アメリカの鉄道会社がドメインを鉄道に置いていた為に、顧客の求める移動や輸送といった本来のニーズを見落とし衰退してしまった例はあまりにも有名である。又、日本でもバブル以前の大手電機メーカーが、ドメインをあらゆる電気機器においていた為、不況の中で投資すべき事業に集中できなかった例がある。顧客が何故買ってくれるのかという点に常に注意が必要となる。
例えば、QBハウスでは、顧客を多忙な男性と捉え、短時間でカットのみを行うサービスを安価に定額で提供している。これは、多忙な男性に対して短時間で食事ができるサービスを安価に提供している吉野家とも相似がある。
成長戦略では、成長ベクトル論を利用することができる。成長ベクトル論は、商品と市場を軸に、それぞれ既存と新規に分け、計4つの戦略を規定する。即ち、市場浸透戦略、市場開発戦略、商品開発戦略、多角化計画である。
多角化に当たっては、4つの相乗効果を考える。1.販売シナジー、2.生産シナジー、3.投資シナジー、4.経営管理シナジーである。多角化の目的としては、1.新たな成長機会の追及、2.収益安定とリスク分散、3.範囲の経済性、4.未利用資源の活用が挙げられる。ただ、範囲の経済性については、80年代の大企業の多角化の理論的背景となったが、近年は「選択と集中」が特に意識されるようになった。
多角化戦略には、1.垂直統合戦略、2.本業中心型、関連型戦略、3.内部成長・外部成長戦略がある。垂直統合戦略は、メーカーが販社を持つ、小売りが製造部門を持つなどを指す。内部成長方式では、自社の経営資源を使った多角化を考え、研究開発や新規事業のシナジーを最大化する。外部成長方式では、M&Aや戦略的提携を考える。
アスクルは企業向けの文房具の販売・配達を行っている。市場占有率No.1のコクヨは販社を持っている。アスクルが文房具のネット通販を始めた時、当然コクヨは同質化戦略を取り、ネット通販を始めたが、この事業はコクヨの元々ある販社を浸食する。アスクルはコクヨの昔の強みで今の弱点になっているところを突き、急激に売上を伸ばした。
成長戦略ではPPMも頻繁に参照される。PPMは製品ライフサイクル仮説を元に、成長率と相対占有率を軸としたグラフの中に、事業や製品を売上高の大きさに応じて描画する。
競争戦略では、競争地位別戦略が有名である。この枠組みでは、市場の各参加者は市場占有率を元に、リーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォローワーに分けられ、典型的な戦略を教示する。
最近特に強調されている成熟市場においては、経営環境が異なってきていることに注意する必要がある。例えば、ビジネス環境は安定的であったものが流動的になり、変化はより速くなり、効率性や価格より、創造性やブランドイメージが重要な係数となってきた。この中で、競争優位の確立よりも、顧客のニーズを元にした独自の地位の確保が最優先の経営課題となってきた。
従来のポジショニングを元にした議論では、不確実性の高い現代社会においては限界がある。本社・経営企画主導の資源配分では、速度感や現場感覚からの乖離が発生する。資源アプローチ論では、現場の自由な発想や行動力を重視し、真似されない競争優位の源泉を探ることを考える。良く言われるヒト・モノ・カネ・情報の内、情報は、知識・ノウハウ・技術・経験を指す。これらの無形資産は企業独自の資産であり、模倣や売買が難しい。より同一市場内における企業間の本質的な差異は、情報から発生している。その他の資源はいずれも市場価値があり売買によって取得可能だからである。
ここではVRIO分析を紹介する。VRIO分析は、ある経営資源を評価する際に用いられる理論的枠組みである。ここで充分に強みとなっていない場合には、中長期計画で強みとなるような施策が必要となる。
- 経済価値
「その企業の保有する経営資源やケイパビリティーは,その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか。」
- 希少性に関する問い
「その経営資源を現在コントロールしているのは、ごく少数の企業だろうか。」希少であれば、少なくとも一時的な競争優位に立つことはできるが、希少でなくても、価値があるものは、競争均衡をつくりだし、企業の生存を保障する。
- 模倣困難性に関する問い
「その経営資源を保有していない企業は,その経営資源を獲得或いは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか」模倣コストが競争企業にとって不利をこうむる場合は、持続的な競争優位となる。
模倣するコスト上の不利をもたらす要因
- 独自の歴史的条件
- 因果関係不明性
- ○企業の内部者にとって、当たり前でわからない(組織文化や人間関係など)。
- ○優位性に複数の要因が絡んで、正確な評価が難しい。資産ストックの相互関連・資産集合の効率性(ディリックス&クール:何千という組織属性が一体となって競争優位を形成するという属性)
- ○無数の小さな意思決定をうまく行う能力に依存している(外部からは目にすることができない)。
- 社会的複雑性:企業内におけるマネジャーの相互コミュニケーション能力、組織文化、サプライヤーや顧客の間での自社の評判など物理的技術の複雑性と比べると、社会的に複雑であること。
- 特許
- 組織に関する問い
「企業が保有する、価値があり希少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか。」(これまでみてきた“VRI”を活かせるか?) 公式の命令・報告系統,マネジメント・コントロールシステム・報酬体系などで、それ単独で競争優位を生み出す力は限られているため、補完的な経営資源およびケイパビリティーと呼ばれる。
コアコンピタンス論は経営資源の有益性を分析することができる一方で、その確立を行う方法が欠落している。そこで「学習する組織」や「ナレッジ・マネジメント」といった理論が提唱されている。
ナレッジマネジメント論とは、経営資源の内、最も模倣が困難な情報資源に焦点を当て、個人の知から組織の知へと変換を図る方法を示唆している。言葉で表現できない主観的、身体的な知を暗黙知と言い、文書や理論で表現できる客観的な知を形式知と呼ぶ。この暗黙知と形式知の相互補完・循環が必要であり、この循環を行う組織風土がある組織が即ち学習する組織である。
21世紀型経営では、ポジショニングアプローチと資源アプローチの統合が進む。