賢明な経営者が「賃上げは経営判断の核心、義務ではない」という経済団体の甘い言葉に騙されない理由


今年も春闘の時期を前に、政府から積極的な賃上げ要請があるようである。 これに対して、ある経済団体の幹事から「賃上げは経営判断の核心、義務ではない」との発言があった。 掲載されている記事をよく見てみると、政府から賃上げの要請に対して、 賃上げは経営者の判断であり、義務ではないということのようだ。 (追記: 当該記事掲載後に行われた新年祝賀会では同幹事が「賃上げは当然」という発言をしたとある。)

政府では現在、最低賃金の引き上げを年率 3%程度で引き上げていくことを考えている。 この計算でいくと2020年には全国平均で900円程度の時給となる。 国家としてのマクロ経済を考えると、消費者がモノ・サービスを買い、 企業がそのお金で雇用や賃金を増やすと、消費者が買うモノ・サービスがさらに増加し、 経済全体が成長する良い循環が生まれる。 ところが近年の好景気で企業収益は改善したが、賃金の上昇は限定的となっている。 このため、最低賃金の引き上げを含め、政府からの強制、要請の賃上げの圧力は今後も続くと考えられる。

加えて、少子化による人手不足も賃金上昇の要因となりうる。 現在、30歳までの人口は30~60歳までの人口より30%程度少ない。 勿論、人口が減ったからといって、単純に平均賃金が上昇するとは限らない。 技術導入による生産性の改善、人口減による市場そのものの縮小、固定給から時間給への切り替えなど、 マクロ経済として賃金を下降させる要因はいくつもあるだろう。 但し、これは国家経済全体の話であり、個別の企業を見れば、 何か手を打たなければ、業界内での相対的給与水準の低下で離職率が高まることや、 採用コストの上昇などが考えられる。 特に成長市場で競争する企業は、競合他社が給与水準を上げることが予想されるため、 人件費上昇の圧力が強いと考えられる。

個別の企業で見た場合、従業員一人当たりの粗利を意味する労働生産性を上昇させなければ、 給与水準を引き上げることは難しい。 同じ労働生産性で給与を引き上げると、企業の利益率を低下させてしまうためだ。 利益率が低下すれば、借入金の返済と投資に振り分ける原資が少なくなり、 企業の長期的な安定性に支障をきたす。 労働生産性が上昇して初めて、経営者として従業員に分配するか、 会社の手元に残して投資に回すかという選択肢ができる。

2015年に話題となった企業には、不正で有名になった企業以外にも、 継続的な業績不振が伝えられているシャープやマクドナルドもある。 一旦、業績が傾きだすと、その環境での改善は非常に厳しいものがある。 設備投資や新規事業を行うにしても手持ちの現金になかなか都合がつかない、 賃金制度の改定をしたくとも実質的に賃金が下がってしまうことから不利益変更と見なされる危険性が高くなる。 業績が好調な時ほど、大きな改革を行い、 市場縮小期に耐えうる体力をつけたり、 新しい成長の軸として新規事業を育てたりする必要があるのではないだろうか。

冒頭の経済団体役員の話に戻れば、 賃上げは確かに義務ではないが、 政府の経済政策や景気動向に左右される面が大きい。 決して、経営者自身の判断だけで決められる話ではない。 賢明な経営者であれば、経営判断だけで上げる上げないを決めることはできないことを予測して 今から対策を打っているだろう。

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