賃上げ: 御社はしても大丈夫ですか?


■賃上げ圧力の高まり

経産相が日商会頭らに中小の賃上げ要望を行ったとの報道があった。去年は大企業を中心に賃上げが行われたが、今年も好調な景気を背景に賃上げ圧力は高まりそうな気配である。一方で中小企業においては、皆さん賃上げしても大丈夫かという不安の声が多いのではないだろうか。

■賃上げと従業員のモチベーション

給与水準と従業員のモチベーションの関係には、ご自身の経験に基づいて、 色々な人が色々な事を述べている。 賃上げでモチベーションが向上する、又は向上しない、両者の意見がある。 一体どちらなのだろうか。

結論から申し上げると、賃上げでモチベーションは向上する。但し、 業界標準を大きく超えるとモチベーションには影響しなくなる。 これは従業員のモチベーションには動機付け要因と不満足要因(衛生要因)があるからと考えられている。 給与は不満足要因であり、少ないと不満足の原因となるが、 あまり多くても動機付けの要因とはなりにくい性質を持っている。 つまり、給与水準は低すぎれば従業員のモチベーションに悪い影響があり、 多過ぎれば社員の意欲向上には貢献しないばかりか企業の収益を圧迫してしまう。

この仮説に立って考えると、労働条件の極端に悪い企業、所謂ブラック企業が成り立つのは、 作業条件、人間関係、給料、雇用の安定と言った不満足要因以上に、 仕事の達成、責任の増大、やりがい、個人の成長といった動機付け要因を強化しているからという説明ができる。

■ 労働力人口、

モチベーションの観点からは、給与は業界標準を上回れば良いとなるが、 もう一つ、今後の企業存続の為に考えなければならないことは労働力の確保である。 日本の人口は減少期に入っており 思い切った政策なくして人口回復も見込めないと思われていることから、 今後は労働力の確保が難しくなって行くと言われている。

下のグラフは日本の人口を5歳階級別に表したものである。 20代以下がそれ以上に比べて大きく減っているのが分かる。 五年後にはこのグラフが右に1つずれ、10年後には2つずれる。 第2次ベビーブーム世代は20年後には60~64歳になる。 現在の20代の人口が右にスライドしていくことを想像すると、 事態の深刻さが読み取れるのではないだろうか。

graph-population

短期的には、2020年の東京五輪までは好景気が続くと予想されており、 建設業を中心にそれまでの人手確保が既に困難であると報道されている。 長期的に更に深刻な人手不足による事業継続困難を想定し適切な対策を打っておく必要がある。

固定費増加による安全性低下

一方で人件費の増加は、企業経営の安全性を低下させる。 例えば、売上高に対して粗利率が50%、利益率が5%とすると、 不況で売上高が10%程度低下すると利益が0になる。 この値を安全余裕率と呼ぶ。

安全余裕率 = 1 - 固定費率÷粗利率

固定費の一部である人件費が上昇すると、この安全余裕率は下がり、 不況に対する耐性が低下する。 今、利益の1/5を人件費に繰り入れたとすると、 同じ計算式で安全余裕率は 8%となり、より少ない売上高の低下で赤字転落になる。 安全余裕率という言葉を使わなくても、売上とは関係なく毎月出ていくお金が増えれば、 その分、不況時には苦しいということが直感的に掴めるのではないだろうか。

業績連動型賞与

賃上げをしないと将来の人手確保は難しく、しかし企業の不況耐性は下げたくないという場合には、 会社業績連動型賞与という手法がある。 専門的には難解なところもあるが、要は賞与を会社業績連動にしてしまおうという発想だ。 言い換えれば、人件費の内、賞与の一部又は全部を会社業績に連動させ、 不況で利益が出ない時には賞与総額を抑えるという考え方である。 ベアはアップしないが、好況時に会社業績が好調であれば、賞与は上がるので、 従業員の受け取る手取りが増加する。

また、別の見方をすると、 企業で利益が出た際の活用方法として利益配分という考え方がある。 これは出た利益を利害関係者にどう分配するかということだ。 分配には、(配当)、金融機関(借入金早期返済)、役員(報酬)、従業員(賞与)、 、現金保有が考えられる。 従業員賞与もこの中の一つである。

当然、賃金体系の変更が伴うので、手続きには細心の注意を払う必要がある。 特に結果的に賃金が下がる際には「不利益変更」として裁判所に判断され、 労働者の権利保護が優先される場合が多くある。 逆に、賃金が上昇する場合には、当然そのようなリスクは減少する。 つまり、賃金制度や退職金を変更するなら、業績の好調な時が良い機会である。

業績連動賞与の場合に、各従業員の賞与を決める方式は幾つかある。 一つは給与比例、もう一つは考課比例である。 この2つの方式では、経営者は賞与総額を決定するだけで、 各人の賞与は自動的に計算される。 給与比例は、文字通り給与に比例して賞与が支払われる形である。 もう一つはの考課比例は、従業員の人事考課の点数によって賞与を決める。 これは利益を出したのがここの従業員の働きによるものであり、 その働きいかんで賞与を決めるという考え方に基づく。

ある調査では、従業員数 300人未満の企業の30%が業績連動型賞与を導入していると報告されている。 従業員の働きに報いてあげたいが、また不況になったら困るという経営者の方には業績連動賞与制度はよいのではないだろうか。

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