社員の能力向上や業務上必須の知識、技能を習得させるために、社内研修を行う経営者は多い。一説によると社内研修の市場規模は4500億円程度で、これは回転寿司の市場規模に匹敵するそうだ。
ある程度、普及している感がある社内研修だが、中々効果が出ないという声も良く聞く。サービス業である為、講師の実力に差が出やすいこともあるだろう。しかしそれ以上に、そもそも社内研修には効果があるのだろうか。受講者、人事部、経営者の満足度ではなく、実際の業務に対して良い影響を与えていると言えるだろうか。■ ある調査の結果
最近、中小企業の人材育成に関する調査結果を目にした。この調査は、中小企業350社の経営者、人事担当者、管理職およびその部下となる若手・中堅社員の合計2,800名にアンケート行った結果を分析している。
分析結果をまとめると以下の通りとなる。
社内勉強会や研修を実施していることと、社長から見て若手・中堅社員が期待通りの成果を上げていることの間に相関はない(統計的に有意な差はない)
社長のリーダーシップは、若手・中堅社員の自社への帰属意識醸成においては相関があるが、能力向上、期待通りの成長、成果とは相関が認められない。
若手・中堅社員の能力向上、期待通りの成長、成果と関連が見られたのは、管理職のマネジメント能力である。
若手・中堅社員の能力向上は、今の能力よりも若干高い能力が必要とされる仕事の経験を意図的に積ませ、振り返りを行わせることと相関がある。上司は、仕事の意義、予想される困難を説明し、部下からの成果に対する約束を引き出す等、部下に上手く任せることが必要である。
管理職のマネジメント能力は、必ずしも答えのない仕事を任せ、経営者から積極的な働き掛けを行うことで向上する。必ずしも答えのない仕事とは、日常業務とは別に、顧客からの困難な要求への対処、全社プロジェクト、新規事業の企画、部署横断プロジェクト等のことである。
(参考: 2015年11月9日 トーマツ イノベーション株式会社 News Release 『中小企業の人材育成に関する調査研究の結果を発表』http://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/about-deloitte/news-releases/jp-nr-nr20151109.pdf)
簡潔に言えば、研修よりも経験が大事という結論である。 読者の皆さんの今までの経験とも一致するところがあるのではないだろうか。
研修や社内勉強会では、講師が受講生に向かった話すという形式上、どうしても受け身になりやすい。講師が前に出て話す内容を記憶することは、経験則上難しい作業である。 勿論、知識の習得や安全に関する講習などでは今でもこの方法が取られることが多く、 座学の全てが効果がないわけではない。しかし、座学に向かない内容もある。
加えて、研修では課題が上司、人事部、経営者から一方的に与えられる場合が多く、 そもそも活動への意欲や成果に対する執着に欠ける場合が多い。人にやるように言われたことは、自分でやると決めたことより生産性が悪いと考えられる。
■ 部署横断プロジェクト型人材育成
最近はコンサルティングとして部署横断プロジェクトを提案することが多くなった。
経営資源として、しばしばヒト・モノ・カネ・情報と言われる。経営者の関心事は、まず、企業の存続に関わる資金繰りであるが、資金繰りが一旦落ち着いた後は、社員の働きをより最適化することに目を向けることが多い。そこで、研修という形式よりも、事業に直結したプロジェクトという形式を考えることになる。
部署横断プロジェクト方式では、
会社の方向性である経営計画、数値目標である経営ビジョンの意義を経営者からプロジェクト参加者に説明する。意義は社員にとってどうかということも含まれる方が望ましい。
経営計画、経営ビジョンを達成する為に必要となる課題をプロジェクトの目標にする。
参加者は経営者が成長を期待する人材とする。
具体的に課題に対してどのような方法で実現していくかは参加者で検討する。
プロジェクトを実施し、効果を測定する。
という順序を取る。
この方法は、経営者の最大の関心事を抽出し、それを社員に分かるように説明する。同時に、参加者自身への影響を丁寧に伝えることで、参加者が意欲をもって取り組む素地を作る。目標は経営にとっての重要事項とすることで、経験の積み重ねによる社員能力の向上と経営への実利の一石二鳥を狙う。
経営者は目標のみを与え、何をするかという具体的内容は経営側ではなく、参加者自身が決めることとし、施策実施への意欲を高める。必ず効果を測定し、振り返りを行いながら目標を達成する。
参加者は成長が期待される人材を選抜するが、どの人材にも差がない場合は、募集を行っても良い。充分な働きかけを行っても受動的な姿勢の参加者がいれば、本人とよく話し合い、 他の人間を入れても良い。
■ 事例
ある製造業の企業では損益が安定してきた中で、経営者が社員の能力向上を考えるようになった。又、事業承継も考える時期にきていた。今後の事業の成長を考える上で、経営計画、経営目標を立ててみると、設備稼働率の向上が不可欠であることが分かり、後継者をプロジェクトリーダ、今後の成長が見込まれる中核社員をメンバーとして設備稼働率向上のプロジェクトを開始することにした。
■ 結論
見てきたとおり、従来型の社内研修には経験上、効果が薄い場合があり、 調査結果もこの経験的な感覚を裏付ける内容であった。
部署横断型プロジェクトであれば、従来の社内研修に有りがちな受け身の姿勢は取りえない。 経営者から異議をしっかり説明した上で、自分達で方法論を決める為、 やらされ感がないと考えられる。 今後、社内研修に加えて、こうしたプロジェクトも能力開発の一つの選択肢になるのではないだろうか。